四日市公害判決28年 記念講座開催


橋詰興隆氏(公害市民塾メンバー)
  大協石油(現コスモ石油)退職
 元四日市市議・三重県議


  ↑栗田龍麿氏
  元NHK四日市通信部放送記者

 1972年(昭和47年)7月24日は、津地方裁判所で、5年の歳月をかけて争われた“四日市公害ぜんそく訴訟”で、原告患者側“勝訴判決”が出た日で、この判決によって、行政と企業の公害対策がとられるようになり、今日に見られるように、汚染状況が改善されてきました。

 公害訴訟を起こさなかったら、公害裁判で患者が勝たなかったら、人々は、もっとひどい目に、もっと長い間苦しめられ、犠牲を強いられました。

 今年もその「判決」の日がやってきました。そうしたとき、四日市公害とは、公害裁判とは何だったのか、といった歴史について学ぶことが必要ではないかと考え、この学習講座を開催しました。


参加された方の感想より

 貴重なお話をありがとうございました。
 今学校では環境教育に取り組んでいますが、四日市の環境教育は 「四日市公害」を抜きにして語れないと思います。「公害」を「過去」のことで終わらせるのではなく、今日お話しいただいた「公害裁判」(住民)運動(を支えてきた原告、弁護士の方々の苦労や努力を、きちんと子どもたちに伝えていきたいと思います。
 公害裁判を勝利させた運動を学ぶことから、自分たちの環境を守るのは自分たちであり、今の社会では、自分たちも四日市の環境の一部であることを、ともに考えていきたいと思います。
 ぜひ、公害資料館を建ててください。
 

 ビデオで、当時の塩浜地区を見ましたが、実際の煙や光化学スモッグによる空の様子を始めてみました。
 「四日市公害」と、言葉だけ頭にありましたが、実際の被害の大きさや、悲痛さをあらためて感じたように思います。
 原告の方々の心からの叫びが胸に突き刺さるほど痛く感じました。