9月市議会(9日)の本会議で、佐藤晃久議員が、公害資料館について質問されたことを新聞で知った。佐藤議員は、7月に開催された“四日市公害判決30周年の集い“にも参加されており、公害資料についての関心を強く持たれていたことからのようで、その後のことについて、どう考え行動していくかについての相談にのってもらうべく、11月13日、公害市民塾代表の橋詰興隆さんと沢井余志郎との3人で、まず、四日市市環境学習センターの現状を見ることから始めた。
- 市環境学習センター
鈴木忠義所長/現在の3名スタッフでは、公害資料の保存・整理・活用は無理。そのことに堪能なスタッフが必要。
- 市環境部長・環境保全課長/必要性を認めていないわけではないので、直ちに独立した建物は無理なので、環境
学習センターなどで資料公開活用方法などについて考える。
- 市教委総務課長/(要望)来年4月から市史資料庫への人員配置をやめ、申し出あったとき開庫するなどという、閉館はしないで、環境部などと相談の上、活用方法を考えてってほしい。
30周年の集い後、公害資料館について行政側がどう対応するかを注目してきた。9月の市議会で、環境部長が「単独の施設では困難。」と発言。これに対して、市長は、「三重大学おこなわれている四日市公害研究の結果が出た上で施設の必要性を考える。」と言っていたが、「現段階では、建設計画はない」ということだと弁解。
市民塾では、これまで市史編纂のために提供してきた資料の引き上げも含め、どうすべきかを話し合っていた。10月から11月にかけて、公害学習のために、県内各地から塩浜小学校に社会見学をする。公害学習は市がしっかりとやっていくと言うが、いつも「詳しいことは市民塾の沢井氏へ」とこちらへ回してくる。そんな中での、今回の再要望がおこなわれた。
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