四日市でなければできない、四日市文化の創造を


 

 四日市再生「公害市民塾」は、メンバーでの議論を経て、「公害前・四日市の原風景、“よみがえれ菜の花”」を提唱、昨年夏から、JA(三重四日市農協)やシルバー人材センターなどに呼びかけ、賛同を得た。四日市市長にも陳情書を出し、関係部・課にも、実現に向けて努力してほしいと要望した。
 2000年春、菜の花は、四日市では観ることができないでいる。渥美半島、知多半島、そして三重県各地の“菜の花”が咲いたというカラー写真の新聞記事やテレビ放映がなされているのに、四日市にはない。さびしい限りである。

  1. 江戸時代、元禄の頃より、菜種油が生産され、“伊勢水”として有名です。

  2. 四日市出身の作家で、名誉市民にもなっている丹羽文雄の小説で、四日市は菜の花によって代表されている。

    古里は 菜の花もあり 父の顔

    丹羽文雄のたった一つのこの句は、近鉄四日市駅西側の鵜の森公園の記念碑に刻まれている。
    丹羽文雄記念館づくりの構想があり、99年度市予算に調査費を計上、市教委文化課が担当している。

  3. 四日市に石油コンビナートが誘致され、公害が市民に襲いかかるようになった1960年代のはじめ頃、菜の花は四日市から消えていった。
    その四日市公害をもたらした大気汚染は、あまたの犠牲の上に改善がはかられていった。ならば、原風景の再現で、改善を目に見えるもにすべきだ。

  4. 菜の花は、どこで咲いても美しい、春を感じさせるが、四日市でこそと思うのは、“伊勢水”として有名をはせるよう製油業がおこされていた、その菜種湯の本場であること、20世紀最大の出来事の四日市公害が改善をみた証として、菜の花再現はもっともふさわしいことであり、“伊勢茶”とならんでの“伊勢水” を四日市の地場産業として考えられていいことである。

  5. 何よりも、丹羽文雄記念館の設立と存続を意義あらしめるのは、“菜の花”復興でなければならない。これは、四日市でこそできる、四日市でしかできぬ文化創造だと思う。 丹羽文雄と菜の花で四日市の再生を、これがキーワードだ。